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Graffiti Bridge(グラフィティ・ブリッジ)

グラフィティ・ブリッジ

元々はプリンスは出る予定がなかったのですが、ワーナーからの要望により本人も出ることになった映画。成功作「Purple Rain」の続編という設定にしたのも「Under The Cherry Moon」の失敗で懲りたワーナー首脳陣の意向と推測します。しかし続編とは名ばかり。今度は監督だけでなく脚本までプリンスがやってしまったため、迷作「Under The Cherry Moon」を上回る怪作となりました。

あらすじ(ネタバレ注意)

グラフィティ・ブリッジ

「Purple Rain」から〇〇年…。キッドとモーリスはセンブンスコーナーという街にいました。ファーストアベニューのマスターであるビリーから、グラム・スラムというライブハウスの共同経営権を二人が譲り受けたという設定です。(ビリーはメイヴィスの台詞から察するに亡くなったっぽい)
変わり果てたキッドは客にうけづらいスピリチュアル路線の曲ばかり演奏し、ビジネスを拡大させたいモーリスと対立します。モーリスはセブンスコーナーにある店をすべて自分のものにしようと企んでおり、執拗にキッドにグラム・スラムを明け渡せと迫りますが、キッドは頑なに自分の道を進みます。

グラフィティ・ブリッジ

分かりにくい曲として説得力抜群の「Elephant And Flowers」

そんな二人のもとに、オーラと名乗る謎の女性が現れます。どうやら天使という設定らしいんですが、もうついていけません。よく分からないことばかり言います、この人。

グラフィティ・ブリッジ

モーリス&ジェロームは首尾よくオーラとお近づきになり、酔いつぶれた彼女を自宅に連れ込みます。そして、そんな彼らからオーラを取り戻すべくバイクで追いかけるキッド(BGM:「Thieves in The Temple」)あ、「取り戻す」は語弊がありました。この時点でキッドはオーラと付き合っておらず、目が合ったぐらいの関係でした。またか…。
キッドは忍者のようにモーリス邸に忍びこみ、ろうそくの火を消して部屋を真っ暗にした隙にオーラをかついで奪います。目覚めたオーラはキッドとイチャコラ&心身ともに深い仲に。男子中学生の妄想なみの雑さとご都合主義な展開で開いた口がふさがりませんが、この映画は終始そんな感じです。

グラフィティ・ブリッジ

オーラをかついでさらうキッド。持ち方…。

経営のライバルだけじゃなく恋敵にもなったもんだから、抗争は更に泥沼に。キッドはモーリスにライブハウスの経営権を賭けて音楽で勝負しろと持ち掛けます。勝敗はどうやって決めるのか一切説明はありませんが、何となくスタート。そして渾身の路上ライブで「Tik Tik Bang」をキメるも空振り。自暴自棄になったキッドは自分の店の窓にギターを投げ込む始末。ほんと何から何まで思考回路が中学生っていう。(因みにこの直前にキッド達の楽器は裏工作で破壊されたんですが、その後普通に演奏しており、映画の視聴者一同「???」状態)

グラフィティ・ブリッジ

ザ・タイムのメンバーは他の店も攻略しようとします。(映画冒頭では「残りはキッドの店だけだ」と言っていたような気がするんですが、幻だったのかもしれません)
攻略目標の一つである店、メロディ・クールではメイヴィスが貫禄のミュージカル反撃。これにはタイムのメンバーはタジタジ。しかしその間隙を縫って、ジョージ・クリントンが他のメンバーに取り囲まれて権利書にサインを迫られます。「やめろ!」とキッドが制するもジョージは諦め顔。しかし、一瞬のスキをついてジョージの関係者(以下矢印の人、名前知りません)が逃げ出します。

グラフィティ・ブリッジ

どこに逃げようとしたのか、そもそもなぜこの人が逃げる必要があったのか分かりませんが、突然ジープ的な車に乗り込み暴走車状態に。そして、ストリートをパニック状態にし、オーラをはねて店に突っ込みます。

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暴走車の運転手が仲間に救出される際に出てきたのが「よく見えなくて」というセリフ。もうこれ、どう考えても免許返還対象でしょう。本当迷惑。ていうか、何をしたかったのか未だに謎です。プリンスにこんな役をやらされたこのおじさんが一番可哀そうですが。

グラフィティ・ブリッジ

どうやらオーラは即死として扱われたようで、介抱もせず皆が悲しみに明け暮れます。キッドはピストルを持ち出して父親同様に自殺をしようとしますが、オーラの幻が「あきらめないで、何があっても」と言うので踏みとどまります。

グラフィティ・ブリッジ

そしてゴスペル部隊と一緒に「Still Would Stand All Time」 を演奏します。 争いは何も解決しない、愛と調和がすべてを解決するというメッセージですね、分かります。その演奏に心を打たれたモーリスは、無言で歩み寄った後、キッドと握手&ハグをして和解します。予想はしていたけど、ここまでひねりが無いのは逆に凄い。
最後は「信じられるか?キッドが勝った!しかもバラードでだ」という台無し気味なセリフと、T.C.エリスのラップでエンド。

 

みどころ

無いです。

あ、嘘です。プリンスの美しい姿を堪能できます。これは本当に美しい。私が個人的にこの時期のプリンス好きというのもあるんですが、目はキラキラですし、肌の露出度が高いのもオススメポイント。あと今なら作中でMVが何本か見れます。他のアーティストも付いてきちゃいます。これはお得。

閑話休題。「Purple Rain」のようにライブシーンがあるのはいいんですが、大きな違いは、今作がミュージカル仕立てということ。ライブとミュージカルのハイブリッドといった感じでしょうか。しかし、無理やりに客演を挿入しているので演奏の必然性が希薄。そして上記の通り薄っぺらいストーリーと矛盾だらけの脚本が揃った奇跡的な作品です。「LOVESEXY」で悟りを開いたプリンスのスピリチュアルな面がこれでもかと出ているのですが、素晴らしい相乗効果を生んだ音楽の方とは異なり、映画としては残念ながら「誰も理解できない」消化不良過ぎる内容に。

あと、プリンスが脚本を担当したからなんでしょうけど、ザ・タイムというかモーリスが悪党過ぎます。こんな悪いヤツおらんやろーというぐらいのヒールっぷり。オリジナル・メンバーで再結成したタイムもよく引き受けたなと思います。「Purple Rain」のころの憎めないライバルという立ち位置を吹っ切ってしまったのはプリンスならでは。

グラフィティ・ブリッジ

裏の見どころといえば映画のセットでしょうか。セサミストリート並みのクオリティです。映画タイトルでもあるグラフィティ・ブリッジは公園の遊具状態。屋内セットの不自然な青空も泣けてきます。エド・ウッドじゃあるまいし、なぜこれでいけると思ったのか本当に不思議ですが、毎日レコーディングする忙しいプリンスはあちこち移動するのが嫌でチャッチャと撮影したかったのかなと勝手に推測しています、知らんけど。

最後にもう1点。冒頭とエンディングでマッキントッシュパソコンがやけにフィーチャーされるのは特筆すべき点ですね。この映画が作られた1990年といえば、DTMは目新しいものでした。マックを使って作曲するプリンスのカットがちらほら挿入されるのは、時代の十歩先を進むプリンスのイメージ訴求でしょう。私がこの映画を見たのは封切りから何年も後でしたが、それでも当時日本ではパソコンがようやく一般に普及し始めたころでした。トラックボール使うんだーとか本編と関係無いところでやけに感銘を受けたものです。

グラフィティ・ブリッジ

時代を感じるマックの画面。

グラフィティ・ブリッジ

しかし、この座り方はどうにかならなかったのかな。

 

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